先日から週1回、精神科の病院で活動している。
私は、ソーシャルワーカーとしてこれまで日本で働いてきて、ボランティアとして配属された先の病院でもソーシャルワーカーの仕事を知る機会があればよいと思っていた。
しかし、早々に配属先の病院にはソーシャルワーカーがいないと知った。
なんとかしてタイで働くソーシャルワーカーに出会う機会は無いかと模索していたが、活動1年9か月が経った今ようやくその機会に恵まれたのだ。
精神科巨大収容施設

私が週1回通う病院は、自宅から2kmほどのところにあり、自転車で15分くらいだ。
中に入ってびっくりしたのはその敷地の広さ。数百人の患者がこの病院に入院しているのだ。
精神科には、重度の精神疾患患者、浮浪者、犯罪者など様々な課題を抱えた患者が入院している。
なぜ、田舎に数百人規模の入院施設があるのかと言えば、この精神科病院はタイ南部の7県を管轄する病院なのだそうだ。
7県、おおよそ300万~400万人の人口をこの病院でカバーしているのだから大きいのは当然である。
この病院には、ソーシャルワーカーが8人いた。
事前に仕事内容を聞いていたが、日本の病院で働くソーシャルワーカーとその内容が似ていると感じた。
退院支援、生活支援、社会資源や制度の紹介など、不安を抱える患者にとってはなくてはならない存在だと思う。
浮浪者→警察保護→入院→退院

ここで私は、一人の患者と出会った。
浮浪者として街を徘徊していたところを警察が保護し、入院となった。
彼は、隣の県に住んでいる。
彼の望みは、退院して自分の地元の街に帰ることである。
ソーシャルワーカーとしては、そのまま退院してもまた浮浪者に戻る懸念がある。
ということで、支援が可能な家族との調整を行い、結果、姉親子の家で同居することとなったようだ。
タイでは、日本のような生活保護制度はなく、退院すれば金銭面も含めあらゆることで姉親子が支援していかなければならない。
彼はまだ定年になるほどの年齢でもないため、仕事を探していく必要もあるだろう。
様々な課題が考えられるが、とにかく地元に帰りたい彼は退院となった。
退院時に我々は片道2時間の道のりをかけて家まで送り届けた。
そこには、姉の子ども、隣の県庁のソーシャルワーカー、地元の病院の看護師、ソーシャルワーカー、地域の保健ボランティアがいた。

そこで今後の生活について改めて共有を行った。
時間にして30分。
そしてまた2時間かけて病院へ帰ってきた。
いろいろな不安を挙げればきりがないが、いろんな人が関わっている、相談できる人がいるということを示せた面談は、彼にとって明るい未来を示す物に思えた。
この一連の流れに同席してみて、支援方法は日本と変わりがないように思える。
しかし、そこに関わる人々や生活する上で利用できるサービスにおいては、日本とは違いがある。
地域の人同士の結びつきが強いタイが日本に比べていいなと思う反面、社会制度の整備においてはタイはまだ課題がたくさんあると感じる。
このような違いを感じることができたのは言い経験であり、活動の幅を広げた甲斐があった。
2か月限定の精神科での活動、この2年の海外協力隊活動の集大成としても、いろいろ吸収し、いろいろ共有していきたい。

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